ニュースの概要
シンガポール政府のIT機関GovTechが、21歳から35歳の公務員を対象にした婚活アプリ「FirstDate」の試験運用を始めた。利用者は趣味や価値観に関するアンケートに答え、その結果をもとにアルゴリズムが相性のよさそうな相手を提示する仕組みだ。同国は過去にも結婚や出産を後押しする施策を重ねてきたが、出生率は歴史的な低さが続いている。今回のアプリも、その対策の一つとして位置づけられる。最初の登録受付は10月5日に締め切られた。政府が自ら出会いの場づくりに乗り出す動きは、少子化に悩む各国にも示唆を与えそうだ。
引用元: シンガポール政府、出生率対策として公務員向け婚活アプリを試験導入(Văn Hóa)
分析・見解
民間アプリが苦手な安心感を政府が武器にする
シンガポールの合計特殊出生率(=1人の女性が一生のうちに産む子どもの数の目安)は、2023年と2024年に0.97となり、過去最低の水準が続いている。人口を保つには2.1前後が必要とされるため、差はとても大きい。FirstDateは、その入口にあたる「出会い」に政府が直接手を入れる施策だ。
対象を公務員の21〜35歳に絞った点が興味深い。身元がはっきりしている人だけが集まるため、なりすましや金銭目的の接近への不安が小さい。民間の婚活アプリが抱える最大の弱点は信頼の確保である。政府は自らの職員という閉じた集団を使い、その弱点を強みに変えようとしている。
写真を選ぶ方式より、価値観で選ぶ方式が結婚向き
利用者は趣味や価値観の質問に答え、アルゴリズム(=計算の手順)が相性のよい相手を示す。写真を次々に選ぶ方式と違い、先に考え方を見るので、遊びより結婚を意識した人が集まりやすい。
ただし弱点もある。回答は自己申告にすぎず、人は理想の自分を答えがちだ。「家事の分担」「子どもの人数」「親との同居」など、あとで揉めやすい項目を正直に答えさせる設計ができるかが、精度を左右する。もう一つの利点は、行政が個人を特定しない集計データを得られる点だ。どんな価値観の人が未婚で残りやすいのかを知れば、住宅や働き方の政策に生かせる。
40年続く官製お見合いの延長線上にある
シンガポールは1984年に社会開発ユニットを設けて以来、官製の出会い支援を40年以上続けてきた。住宅の優先申し込みや出産時の給付金なども重ねてきた。それでも出生率は戻っていない。
理由は出会いの少なさだけではない。住宅価格、長い労働時間、教育費の重さが、結婚や出産の決断を遅らせている。アプリ単体で数字を動かすのは難しく、他の施策と組み合わせて初めて意味を持つだろう。韓国の合計特殊出生率は2023年に0.72まで下がっており、現金給付や出会い支援を重ねても底を打つのは簡単でないことがわかる。
東京都の事例と比べて見える、信頼と手間の両立
東京都は2024年に、独自のマッチングアプリを始めた。独身証明書や収入証明の提出を求めるため信頼性は高いが、手続きの重さが壁になる面もある。シンガポールは、公務員という集団を使って、手間を増やさずに信頼を確保する別の答えを試している。
一方で、同じ職場の人同士が使うと、別れたあとに気まずさが残る。うまくいかなかったときの噂も心配だ。今後は登録者数より、成立したカップルのうち結婚や出産に進んだ割合を公開できるかが焦点になる。結果が見えれば、他国の自治体にも参考になる。
ビジネスへの影響
社内の出会い支援は、任意参加と情報の分離が前提
日本でも、人手不足の中で従業員の暮らしを支える福利厚生に関心が集まっている。ただし会社が直接アプリを運営するのは勧めにくい。恋愛や結婚はとても私的な領域であり、参加を促す空気そのものがハラスメントと受け取られるおそれがあるからだ。
現実的なのは、自治体や健康保険組合が提供する婚活サービスの案内、または信頼できる外部事業者との提携である。会社は場を紹介するだけにとどめ、登録の有無や相手の情報は一切見ない。この線引きを文書にして社員へ示すと、安心して使ってもらいやすい。
出会いの場より、会う時間を生む働き方が先
出会いの機会があっても、残業が多ければ会う時間がない。FirstDateが成り立つのは、公務員が比較的決まった時間で働けるからでもある。企業は、早く帰れる日の設定、結婚や育児に使える休暇、転勤への配慮を整えるほうが、結婚や出産を望む社員に届きやすい。効果は結婚した人の数ではなく、離職率や休暇の取得率で測るとよい。
婚活関連の事業者が政府の参入から学べる点
結婚相談所やアプリ事業者にとって、政府の参入は脅威であると同時に提携の機会でもある。まず、信頼の見える化が価値になる。本人確認や勤務先確認を丁寧に行う事業者は、自治体や企業と組みやすい。次に、価値観アンケートの質を高めることだ。最後に、交際から結婚に至った割合を追跡して示せば、広告に頼らず選ばれる。自治体向けには、成婚数だけでなく、継続利用率や初めて会うまでの日数も報告すると、予算を出す側が判断しやすい。
